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Special

2020.02.14

人の気持ちから、クルマの進化を切り開く。- Honda

田中 健樹TAKEKI TANAKA

株式会社本田技術研究所 オートモービルセンター 商品企画室 LPL 主任研究員 新型フィット 開発責任者

1993年、本田技術研究所に入社。車体設計室にて初代インサイトのアルミテールゲートの設計を担当後、アルミボディの研究に従事。2013年発表の3代目フィットの開発責任者代行を務め、今回、4代目フィットの開発責任者を務める。

「機能より感性を重視する」という斬新なコンセプトとともに登場した新型フィット。
その背景には、「人を大事にする」というホンダの企業哲学があった。

世界的にはクルマの電動化が進み、日本では〝クルマ離れ〞が起きている中で、ホンダの新型フィットは機能重視から感性重視へと、開発のコンセプトを大きく変えたという。グローバルに展開するフィットは、ホンダのラインアップの中でも特に重要なモデルだから、大胆な発想の転換は意外だった。開発責任者を務めた田中健樹さんに、新型フィットの開発手法を根底から変えた理由を尋ねてみた。
「ホンダの中でフィットは、最も世界で浸透しているクルマです。つまり、世界のお客様の日常生活にいちばん密着したクルマということになります。見方を変えれば、世界のお客様の日常生活にいちばん影響を与えられるクルマでもあります」
 さらに電気自動車や燃料電池車といった環境に配慮した新しい技術は、往々にして台数が少ない高級車から導入されるケースが多い。こうした世の中の流れに疑問を感じていたという。「本当に地球環境に配慮するなら、台数が多いコンパクトカーにこそ最新技術を入れて環境負荷を低減させるほうが大事です。そこで、環境にいいコンパクトカーをもっと普及させるためにはなにが必要だろうという議論から始めました」

コンパクトカーを変えることの社会的意義は大きいからこそ、大胆なコンセプト変更にあえて踏み切ったのだ。「私は先代の3代目フィットの開発も担当しましたが、先代は全方位的に強化するという考え方でした。たとえば燃費は世界一の性能を達成しましたが、数カ月後にはライバルメーカーに追い越されました。この時に、機能や数値だけを目標にしてクルマを開発しても、本当の意味ではお客様のためにはならないのではないかと気付いたんです」
 田中さんは、従来のコンパクトカーに足りない部分を徹底的にリサーチした。「みなさんにコンパクトカーを選ばない理由を聞くと、『快適さがない』『心地よさがない』『所有する喜びがない』というものでした。つまりコンパクトカーには機能が不足しているのではなく、人間の感性を満たしていなかった。自分も昔は馬力などのスペックでクルマを選びましたが、いまはそのクルマがどんな風に生活を変えてくれるのかをイメージして選びますから」

子どもの頃から絵を描くのが好きで、「自動車のデザイナーかエンジニアになることが夢でした」と語る田中さん。長じてエンジニアとなったが、言葉よりもイメージを伝えやすいと、いまでもミーティングにはイラストを多用する。

上/新型フィットのイメージを共有するために田中さんが描いた漫画は「昔は若い人が行列をつくるほどの人気店だったが……」というコマで始まる。 下/リニューアルに向け「お店全体の雰囲気が大事」「メニューに統一感がある」「全体に一貫したメッセージを感じる」といったアイデアを盛り込む。

コンパクトカーの機能性と、
心地よさを兼ね備える。

こうして新型フィットの開発がスタートしたが、心を満たす要素を加えるという開発目標は、ふわっとしていてなかなか共有することが難しかった。「そこで漫画を描いたんです(笑)。フィットをレストランにたとえて、どうしたらお客様に満足していただけるかを考えていく漫画です。子どもの頃は自動車のデザイナーを目指していたくらいで、絵は得意です。あとはコンセプトムービーとかカタログみたいなものもつくり、新しく入ってくるメンバーには必ず見せて、イメージを共有しました。ホンダには〝ワイガヤ〞という文化があって、ワイワイガヤガヤしながら議論を深めていくのが社風なんです」
 駐車が容易だとか小回りが利くといったコンパクトカーの機能性と、「快適性」や「リラックスできる」といった心を満たす要素を兼ね備えることを目標にして、フィットは開発される。
「この〝兼ね備える〞という意味を端的に表現したのが、〝用の美〞という言葉でした。これは民藝運動を牽引した柳宗悦が唱えた言葉で、日常で使う機能的な道具に美しさと心地よさがあれば生活が豊かになるということです。そこでグランドコンセプトを『用の美・スモール』として、五感で感じる部分の性能を伸ばしたいと考えました」
 用の美を考えるにあたって、田中さんがモチーフにしたものが興味深い。
「出張でいろいろなホテルに泊まりますが、高級ホテルでなくても、清潔で心地よいタオルがあると豊かな気分になります。こうしたタオルのあり方は、同じく日常的に使うフィットを開発するにあたって、参考になりました」
 クルマに求められる心地よさの種類は無数にあるけれど、新型フィットの開発にあたっては、特に「心地よい視界」「座り心地」「乗り心地」「使い心地」の4つにフォーカスしたという。

「心地よいクルマをつくる」という新型フィットの開発目標は、燃費や最高出力と違って数値化することが難しい。そこで田中さんは、自らビジュアルの素材を集め、コンセプトを表現する冊子を制作してイメージを共有した。

「ワイガヤ」とは、年齢や職位にとらわれずにワイワイガヤガヤと腹を割って議論するホンダ独自の文化。会社の外に出てホテルや旅館に泊まり込み、寝食をともにしながら行うワイガヤは、「山ごもり」という。新型フィットの開発の初期段階で行った山ごもりの際、田中さんは前述の漫画を用いて開発メンバーと目標を共有した。

脈々と受け継がれてきた、人間を中心に考える社風。

ホンダには創業者の本田宗一郎の時代からM・M思想というものがある。これは「マン・マキシマム/メカ・ミニマム」の略。人のためのスペースは最大に、メカニズムは最小にするという考え方。人の気持ちに寄り添うように開発された新型フィットは、この考えに原点回帰しているようにも感じる。
「僕は本田宗一郎に会ったことはないんですが、人間を中心にモノを考える社風はいまも残っていますから」
 機能よりも感性。メカよりも人間。心地よさを第一に考えて開発された新型フィットからは、〝ワイガヤ〞やM・M思想など、ホンダという企業の文化や哲学が見てとれる。

最後に田中さんは、「とは言いながら、フィットが受け入れられるかはドキドキなんです」と、本音を吐露した。
「開発では心地よさを数値に落とし込み、それを実際にクルマとして表現する作業が最も苦労しました。そのかいがあって、試作車に乗った時に、これならお客様が心地よさを感じてくれると確信できたんです。クルマに興味がない人や運転があまり好きではない人も、新型フィットなら出かけたくなると言ってもらえるとうれしいですね」

1967年に発表した軽自動車ホンダN360は、当時の常識を覆す広い室内スペースで人気を博した。この人間を中心に考える設計思想はさまざまなクルマづくりで継承され、たとえば初代フィットでは、燃料タンクを車体中央に配するセンタータンクレイアウトを採用。室内空間の広さはフィットの伝統となった。

2001〜 初代フィット

初代フィットは、コンパクトな車体でありながら広々とした室内空間を確保したことや優れた燃費性能などが評価され、大ヒット。この年の日本カー・オブ・ザ・イヤーと、グッドデザイン賞を獲得した。

2007〜 2代目フィット

2代目もこの年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、評価は高い。2010年のマイナーチェンジにあたってはハイブリッド仕様が追加された。これでユーザーの選択肢が広がることになった。

2013〜 3代目フィット

3代目には、それまで以上にエキサイティングなデザインが与えられた。衝突を避けたり、万が一の場合の被害を低減するシティーブレーキアクティブシステムが開発され、安全性の向上も図られている。

2020〜 4代目フィット

4代目は、ひと目でフィットだとわかる”らしさ”を継承しつつ、シンプルで親しみやすい現代的なデザインが与えられた。視界の広さや車幅感覚のつかみやすさなど、使い勝手を考えた造形でもある。